かくかくしかじかの日高先生のモデルは誰?東村アキコの実話だった!

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漫画『かくかくしかじか』は東村アキコさんが自身の青春時代を描いた自伝的作品です。

この物語の中で圧倒的な存在感を放つのが、主人公・林明子の恩師である日高健三先生です。

読者の多くが「日高先生のモデルは誰なのか?」と気になったことでしょう。

実は日高先生には、実在のモデルが存在します。

そこでこの記事では、

かくかくしかじかの日高先生のモデルは誰?東村アキコの実話だった!

と題して、東村アキコさんの実話をもとに描かれたリアルな恩師の真実にせまっていきます。

目次

「かくかくしかじか」日高先生のモデルは日岡兼三!

「かくかくしかじか」の日高健三先生には実在のモデルがいます。

解説していきましょう。

日岡兼三の人物像と経歴

日高先生のモデルとなったのは、宮崎県で絵画教室を開いていた日岡兼三さんです。

日岡兼三さんは、地元で長年にわたり子どもたちに美術を教えてきた画家であり、東村アキコさんにとっては人生の恩師とも言える存在です。

美術を志す生徒たちから親しまれ、厳しくも温かい指導で多くの若者を育ててきました。

スパルタ指導と宮崎人気質

日岡兼三さんの指導は、非常にスパルタで有名でした。

竹刀を持ちながら教室を歩き回り、生徒の手元を見ては厳しく指導する姿は、まさに「かくかくしかじか」で描かれる日高先生そのものだったようです。

ですがその裏には宮崎県人気質の温かさや、子どもたちへの深い愛情がありました。

厳しい言葉の中にも、常に生徒の成長を願う優しさが感じられる先生でした。

どき子

今はもう無理な指導法かな。。。でも温かい先生だったのですね。

東村アキコとの出会いと絆

東村アキコさんが日岡兼三さんの教室に通い始めたのは、高校受験を控えた中学生の頃でした。

最初はその厳しさに戸惑いながらも、次第に日岡兼三さんの指導の本質に気づき、心から信頼を寄せるようになります。

二人の間には、単なる師弟を超えた深い絆が生まれました。

「かくかくしかじか」では丁寧にこの関係が描かれています。

「かくかくしかじか」の内容についてはこちらの記事をご覧ください!

「かくかくしかじか」日高先生は実話!エピソードすごい

東村アキコさんの恩師、「日高先生」こと日岡兼三さんの実話エピソードをご紹介していきます。

竹刀やアイアンクローのスパルタ指導

「かくかくしかじか」の中で印象的なシーンの一つが、

日高先生が竹刀で机を叩いたり、アイアンクローを繰り出したりする場面です。

これらは決して誇張ではなく、実際に日岡兼三さんが行っていた指導法だったようです。

東村アキコさんも

「脚色なしで本当にあのまま」

と語っていて、漫画の中の厳しい先生像はほぼ実話に基づいています。

月謝や生徒への思いやり

ですが日岡兼三さんは、表には出さない優しさを持っていました

経済的に苦しい生徒には月謝を免除したり、絵の具や画材を自腹で用意したりしていたのです。

生徒一人ひとりの夢や悩みに真剣に向き合い、時には厳しく、時には温かく支えてくれる存在でした。

だからこそ、生徒たちに慕われていたのでしょうね。

吉富昭仁やはるな檸檬も日高先生(日岡兼三)の生徒だった!

日岡兼三さんの美術教室は、東村アキコさん以外にも有名漫画家・吉富昭仁さんやはるな檸檬さんを輩出しています。

吉富昭仁は東村アキコの先輩!

吉富昭仁さんは、東村アキコさんと同じく宮崎県出身で、日岡兼三先生が主宰する絵画教室に通っていました。

世代は異なりますが、同じ教室で同じ先生に師事した経験を持っています。

日岡兼三先生は、団体に属さず独自の指導法を貫く異端の画家であり、吉富昭仁さんもその厳しくも熱心な指導を受けて絵の基礎を学びました

日岡兼三先生のスパルタ指導や「描くこと」の本質を教える姿勢は、吉富昭仁さんの創作活動にも大きな影響を与えたと考えられます。

代表漫画は、『EAT-MAN』『RAY』『BLUE DROP』などです。

はるな檸檬は東村アキコのアシスタントも

はるな檸檬さんは、東村アキコさんの後輩として日岡兼三先生の絵画教室に通いました

のちに東村アキコさんのアシスタントを経て漫画家デビューを果たしました。

代表作品は『ZUCCA×ZUCA』 『れもん、うむもん!』 『タクマとハナコ』ですね。

日岡兼三先生の厳しくも温かい指導を受け、絵を描くことの根本的な姿勢や努力の大切さを学びました。

実ははるな檸檬さんが、

先生のこと、描かないんですか

と東村アキコさんに問いかけたことが、「かくかくしかじか」執筆のきっかけだったのです。

日岡兼三先生の漫画界への影響力の大きさに驚かされるエピソードですよね。

日高先生のモデル・日岡兼三の最期と東村アキコ

日高先生こと日岡兼三さんは2014年に他界しています。

東村アキコさんはこのことをどのように描いたのでしょうか。

『かくかくしかじか』の連載中に先生の訃報が届いたそうです。

東村アキコさんは日岡兼三さんへの感謝と後悔、そして「もっと先生に会いたかった」という思いを率直に描いています。

特に恩師への鎮魂歌ともいえるラストシーンは、多くの読者の心に深く残りました。

実際、東村アキコさんはアシスタントと一緒に、号泣しながら最終話を描いたのだそうです。

どき子

本当に名作です!

大泉洋が演じる日高先生

では、映画「かくかくしかじか」で大泉洋さんがどう日高先生を演じているのか見ていきましょう。

2025年公開の実写映画『かくかくしかじか』では、大泉洋さんが日高健三先生役を務めています。

大泉洋さんは、原作の破天荒で情熱的な先生像をリアルに再現し、方言や仕草まで細かくこだわって演じています。

映画化にあたり、東村アキコさん自身が脚本・方言指導・演技指導に深く関わっています。

東村アキコさんは、

大泉洋さんが先生を演じてくれて本当にうれしい

と語り、現場でも熱心にアドバイスを送っていました。

【まとめ】日高先生の実在モデルは日岡兼三

日高先生のモデルとなった日岡兼三さんは多くの若者に影響を与えた偉大な美術家であり先生でした。

その厳しさと優しさ、そして生徒への深い愛情は、今も多くの人の心に生き続けています。

『かくかくしかじか』は、東村アキコさんの実体験をもとに描かれたからこそ、多くの読者の共感と感動を呼びました。

実写映画でも、そのリアルな人間ドラマが丁寧に描かれています。

恩師との出会いが人生を変えることがある

そのことを、日高先生と東村アキコさんの物語は、私たちに強く教えてくれます。

映画「かくかくしかじか」の上映期間がいつからいつまでなのかについてはこちらの記事をご覧ください。

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